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読書の秋 サードプレイス

「サードプレイス」という言葉を耳にするようになって久しい。

このサードプレイスというのは、オルデンバーグさんというアメリカの社会学者が定義した概念。ちょっと気になるので本を読んでみました。

なんでも人には、第一の場所としての「家」、第二の場所としての「職場」がありますが、それと共に「サードプレイス」というのが重要な役割を果たしているそうです。「サードプレイス」とは、「家」と「職場」の中間にあるもので、都市生活者の心のよりどころになっている場所だそうです。

その特徴としては:

  • 中立の領域(家でも職場でもない)
  • 平等(訪れる人の社会的地位は関係なくそこでは皆平等)
  • 利用しやすくて便宜(いつでも行ける・就業時間外も開いている)
  • 常連がいる(でも仲間に入る条件は緩く、形式ばらない人間関係がある)
  • その雰囲気には遊び心がある
  • もう一つの我が家(精神的な心地よさと支えの役割を持つ)
  • 自主的に人が集まってくる(義務とか関係ない)

・・・といったものだそうです。(まだ他にもあるけど)

そこで思い出すのが、いつも行っているクライミング・ジム。あてはまる部分が多い。

駅近で、1人で行っても、最初は誰も知っている人はいない。でも、段々みんな顔見知りになってきて、常連さんとかと仲良くなる。

慣れてくると行けば必ず誰か知り合いがいて、みんなとクライミングについて話したり、教えてもらったり、情報交換。でも特別なしばりはないから、みんな好きな時にやって、好きな時に帰っていく。そしてそこでは楽しい時間が過ぎていく!時間経過とともにまた新しいメンバーが入ってくる・・・。

大きめのクライミングジムだと、ちょっとこういう事はない。例えばAEONのショッピングセンターで周りの買い物客と話なんかしないのと同じように。

昔住んでいたロンドン。大都市なのに、地域ごとにコンビニの代わりに食品などを扱う個人商店が必ずある。買い物に行くと店員さんがお客の顔を覚えているから、他愛のない挨拶を必ずする。風邪なんか引いて数日顔をみせないと「どうしたの?」と声をかけてくれる。それがここちよい。買い物が済んで、今度は隣のイタリアンのデリ兼カフェに行くと、同じく「最近どう?」の会話。私は通わなかったけどそこから数秒のところにはパブがありローカルの人々が集まる。(イギリスのお父さんにとってのサードプレイス)そういうことが日本の都会生活では皆無。サラリーマンにとっての新橋や新宿あたりの居酒屋がそれかな?でも違う気がする。東京の下町に行くと、そういうところあるのかな?いずれにしても、今の東京でこういう場所を探すのは難しいかも。

いつもお世話になっているジムに、みんなが通っているのは、クライミングが好きなことに加えて、ジムがサードプレイスの役割を果たしている要素が大きいこともあるからかな・・・と何となく思う。

オルデンバーグさんの本を読んで、書いてあることの全てに賛成な訳ではないけれど、いずれにしても「サードプレイス」は、誰にでも必要な気がする。

★おまけ

参考文献『サードプレイス コミュニティの核になる「とびきり居心地のよい場所」』(レイ・オルデンバーグ/みすず書房